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四顧(みまわ)
これはどう見ても弱冠の素封家の、あまやかされすぎた、給事らしい男であった。衣服を見ればことさらに風流をめかしているうちにも、またどことなくしどけないのを飾る気味もあッて、主人の着故(きふ)るしめく、茶の短い外套(がいとう)をはおり、はしばしを連翹色(れんぎょういろ)に染めた、薔薇色(ばらいろ)の頸巻をまいて、金モールの抹額(もこう)をつけた黒帽を眉深(まぶか)にかぶッていた。白襯衣(シャツ)の角のない襟は用捨もなく押しつけるように耳朶を(ささ)えて、また両頬を擦り、糊(のり)で固めた腕飾りはまったく手頸をかくして、赤い先の曲ッた指、Turquoise(宝石の一種)製の Myosotis(草の名)を飾りにつけた金銀の指環を幾個ともなくはめていた指にまで至ッた。世には一種の面貌がある、自分の観察したところでは、つねに男子の気にもとる代り、不幸にも女子の気に適(かな)う面貌があるが、この男のかおつきはまったくその一ツで、桃色で、清らかで、そしてきわめて傲慢(ごうまん)そうで。己があらけない貌(かお)だちに故意(わざ)と人を軽ろしめ世に倦(う)みはてた色を装おうとしていたものとみえて、絶えずたださえ少(ち)いさな、薄白く、鼠ばみた眼を細めたり、眉をしわめたり、口角を引き下げたり、しいて欠伸(あくび)をしたり、さも気のなさそうな、やりばなしな風を装うて、あるいは勇ましく捲き上ッたもみあげを撫でてみたり、または厚い上唇の上の黄ばみた髭を引張てみたりして――ヤどうも見ていられぬほどに様子を売る男であッた。待合せていた例の少女の姿を見た時から、モウ様子を売りだして、ノソリノソリと大股にあるいて傍へ寄りて、立ち止ッて、肩をゆすッて、両手を外套のかくしへ押し入れて、気のなさそうな眼を走らしてジロリと少女の顔を見流して、そして下にいた。
「待ッたか?」ト初めて口をきいた、なおどこをか眺めたままで、欠伸をしながら、足を揺(うご)かしなから「ウー?」
 少女はきゅうに返答をしえなかッた。
「どんなに待ッたでしょう」トついにかすかにいッた。
「フム」ト言ッて、先の男は帽子を脱した。さももったいらしくほとんど眉ぎわよりはえだした濃い縮れ髪を撫でて、鷹揚(おうよう)にあたりを四顧(みまわ)して、さてまたソッと帽子をかぶッて、大切な頭をかくしてしまった。「あぶなく忘れるところよ。それにこの雨だもの!」トまた欠伸。「用は多し、そうそうは仕切れるもんじゃない、そのくせややともすれば小言だ。トキニ出立は明日になッた……」
「あした!」ト少女はビックリして男の顔を視詰た。
「あした……オイオイ頼むぜ」ト男は忌々(いまいま)しそうに口早に言ッた。少女のブルブルと震えて差うつむいたのを見て。「頼むぜ『アクーリナ』泣かれちゃアあやまる。おれはそれが大嫌いだ」。ト低い鼻に皺を寄せて、「泣くならおれはすぐ帰ろう……何だばか気た――泣く!」「アラ泣はしませんよ」、トあわてて「アクーリナ」は言ッた、せぐりくる涙をようやくのことで呑みこみながら。しばらくして、「それじゃ明日お立ちなさるの。いつまた逢われるだろうネー」
「逢われるよ、心配せんでも。さよう、来年――でなければさらいねんだ。旦那は彼得堡(ペテルブルグ)で役にでも就きたいようすだ」、トすこし鼻声で気のなさそうに言ッて「ガ事に寄ると外国へ往くかもしれん」。
「もしそうでもなッたらモウわたしの事なんざア忘れておしまいなさるだろうネー」ト言ッたが、いかにも心細そうであッた。
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【2006/02/18 20:52 】
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