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賊王
すなわち外交方面では、欧洲大戦が終熄(しゅうそく)に近づいて米国が世界の資本王となり得べき可能性が確立した時である。そうして、東洋の邪魔者日本に挑戦すべく、猛悪な排日案を挙国一致の一般投票で決議する一方、自国内に於ては資本主義社会に附きものの暗黒面組織(ダークサイドシステム)をぐんぐん拡大深刻化し初めた頃である。同時に人種的分裂と、物質の欠乏に悩む欧洲の地図の色が百色眼鏡(ひゃくいろめがね)のように変化し初め、露西亜(ロシア)と独逸(ドイツ)が赤くなり、又青くなり、伊太利(イタリー)に黒シャツ党が頭を上げ、西比利亜(シベリア)に白軍王国が出来かかり、満洲では緑林王(りょくりんおう)(馬賊王)張作霖(ちょうさくりん)が奉天(ほうてん)に拠(よ)って北方経営の根を拡げ、日本では日英同盟のお代りとなるべく締結された日仏協約が、更に一歩を進めて、英の新嘉坡(シンガポール)と、米の比律賓(ヒリッピン)に於ける海軍根拠地を同時に脅かすべく、仏領印度(インド)に関する秘密協商となって進行し初めていた。……と云えば、いい加減若い人達でも、その当時の眼まぐるしかった新聞記事の大活字を思い出すであろう。
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【2006/08/12 19:28 】
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【2006/04/01 00:06 】
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知識(Erlernen)が体験が(Erleben)
 これに和してモスコフスキーは、同時に立派な鍛冶(かじ)でブリキ職でそして靴屋であった昔の名歌手(マイステルジンガー)を引合いに出して、畢竟(ひっきょう)は科学も自由芸術の一つであると云っている。しかしアインシュタインが、科学それ自身は実用とは無関係なものだと言明しながら、手工の必修を主張して実用を尊重するのが妙だと云うのに答えて次のような事を云っている。
「私が実用に無関係と云ったのは、純粋な研究の窮極目的についてである。その目的はただ極めて少数の人にのみ認め得られるものである。それでせいぜい科学の準備くらいのところまでこの考えを持って行くのは見当違いである。むしろ反対に私は学校で教える理科は今日やっているよりずっと実用的に出来ると思う。今のはあまりに非実際的(ドクトリネーア)過ぎる。例えば数学の教え方でも、もっと実用的興味のあるように、もっとじかに握(つか)まれるように、もっと眼に見えるようにやるべきのを、そうしないから失敗しがちである。子供の頭に考え浮べ得られる事を授けないでその代りに六(むつ)かしい「定義」などをあてがう。具体的から抽象的に移る道を明けてやらないで、いきなり純粋な抽象的観念の理解を強いるのは無理である。それよりもこうすればうまく行ける。先ず一番の基礎的な事柄は教場でやらないで戸外で授ける方がいい。例えばある牧場の面積を測る事、他所(よそ)のと比較する事などを示す。寺塔を指してその高さ、その影の長さ、太陽の高度に注意を促す。こうすれば、言葉と白墨(はくぼく)の線とによって、大きさや角度や三角函数などの概念を注ぎ込むよりも遥かに早く確実に、おまけに面白くこれらの数学的関係を呑み込ませる事が出来る。一体こういう学問の実際の起原はそういう実用問題であったではないか。例えばタレースは始めて金字塔の高さを測るために、塔の影の終点の辺へ小さな棒を一本立てた。それで子供にステッキを持たせて遊戯のような実験をやらせれば、よくよく子供の頭が釘付け(フェルナーゲルト)でない限り、問題はひとりでに解けて行く。塔に攀(よ)じ上らないでその高さを測り得たという事は子供心に嬉しかろう。その喜びの中には相似三角形に関する測量的認識の歓喜が籠っている。」
「物理学の初歩としては、実験的なもの、眼に見えて面白い事の外は授けてはいけない。一回の見事な実験はそれだけでもう頭の蒸餾瓶(レトルト)の中で出来た公式の二十くらいよりはもっと有益な場合が多い。やっと現象の世界に眼のあきかけた若いものの頭に公式などは一切容赦してやらねばいけない。公式は、丁度世界歴史の年代の数字と同様に、彼等の物理学の中に潜む気味の悪い怖ろしい幽霊である。よく訳のわかった巧者な実験家の教師が得られるならば中頃の学級からやり始めていい。そうしてもラテン文法の練習などではめったに出逢わないような印象と理解を期待する事が出来るだろう。」
「ついでながら近頃やっと試験的に学校で行われ出した教授の手段で、もっと拡張を奨励したいのがある。それは教育用の活動フィルムである。活動写真の勝利の進軍は教育の縄張りにも踏み込んでくる。そしてそこで始めて、多数の公開観覧所が卑猥(ひわい)なものやあくどい際物(きわもの)で堕落し切っているのに対して、道徳的なものをもって対抗させる機会を得るだろう。教授用フィルムに簡単な幻燈でも併用すれば、従来はただ言葉の記載で長たらしくやっている地理学などの教授は、世界漫遊の生きた体験にも似た活気をもって充たされるだろう。そして地図上のただの線でも、そこの実景を眼(ま)の当りに経験すれば、それまでとはまるで違ったものに見えて来る。また特にフィルムの繰り出し方を早めあるいは緩めて見せる事によって色々の知識を授ける事が出来る。例えば植物の生長の模様、動物の心臓の鼓動、昆虫の羽の運動の仕方などがそうである。それよりも一層重要だと思うのは、万人の知っているべきはずの主要な工業経営の状況をフィルムで紹介する事である。動力工場の成り立ち、機関車、新聞紙、書籍、色刷挿画はどうして作られるか、発電所、ガラス工場、ガス製造所にはどんなものがあるか。こんな事はわずかの時間で印象深く観せる事が出来る。更に自然科学の方面で、普通の学校などでは到底やって見せられないような困難な実験でも、フィルムならば容易に、しかも実際と同じくらい明瞭に示すことが出来る。要するに教育事業を救うの道はただ一語で「もっと眼に浮ぶようにする」(die erhhte Anschaulichkeit)という事である。出来る限りは知識(Erlernen)が体験が(Erleben)にならねばならない。この根本方針は未来の学校改革に徹底させるべきものである。」
【2006/02/19 18:17 】
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愁然(しゅうぜん)
「なぜ? だいじょうぶ! 忘れはしない、ガ『アクーリナ』ちッとこれからは気をつけるがいいぜ、わるあがきもいい加減にして、おやじの言うこともちッとは聴くがいい。おれはだいじょうぶだ、忘れる気遣いはない、――それはなア……イ」、ト平気で伸(のび)をしながら、また欠伸をした。
「ほんとに、『ヴィクトル、アレクサンドルイチ』、忘れちゃアいやですよ」。ト少女は祈るがごとくに言ッた、
「こんなにお前さんの事を思うのも、慾徳ずくじゃないから……おとっさんのいうこと聴けとおいいなさるけれど……わたしにはそんなこたアできないワ……」
「なぜ?」ト仰(あ)お向けざまにねころぶ拍子に、両手を頭に敷きながら、あたかも胸から押しだしたような声で尋ねた。
「なぜといッてお前さん――アノ始末だものオ……」
 少女は口をつぐんだ。「ヴィクトル」は袂時計(たもとどけい)の鎖をいらいだした。
「オイ、『アクーリナ』、おまえだッてばかじゃあるまい」トまた話しだした、「そんなくだらんことをいうのは置いてもらおうぜ。おれはお前のためを思ッていうのだ、わかッたか? もちろんお前はばかじゃない、やッぱりお袋の性(しょう)を受けてるとみえて、それこそ徹頭徹尾(てっとうてつび)いまのソノ農婦というでもないが、シカシともかくも教育はないの――そんなら人のいうことならハイと言ッて聞てるがいいじゃないか?」
「だッてこわいようだもの」。
「ツ、こわい。何もこわいことはちッともないじゃないか? 何だそれは」、と「アクーリナ」の傍へすりよッて「花か?」
「花ですよ」ト言ったが、いかにも哀れそうであッた。
「この清涼茶は今あたしが摘(つ)んできたの」トすこし気の乗ッたようす「これを牛の子にたべさせると薬になるッて。ホラ Bur-marigole ――そばッかすの薬。チョイとごらんなさいよ、うつくしいじゃありませんか、あたし産れてからまだこんなうつくしい花ア見たことないのよ。ホラ Myosotis、ホラ菫(すみれ)……ア、これはネ、お前さんにあげようと思ッて摘んできたのですよ」ト言いながら、黄ろな野草の花の下にあッた、青々とした Bluebottle の、細い草で束ねたのを取りだして「入(い)りませんか?」
「ヴィクトル」はしぶしぶ手を出して、花束を取ッて、気のなさそうに匂いを嗅いで、そしてもったいをつけて物思わしそうに空を視あげながら、その花束を指頭でまわしはじめた。「アクーリナ」は「ヴィクトル」の顔をジッと視詰めた……その愁然(しゅうぜん)とした眼つきのうちになさけを含め、やさしい誠心(まごころ)を込め、吾仏とあおぎ敬う気ざしを現わしていた。男の気をかねていれば、あえて泣顔は見せなかったが、その代り名残り惜しそうにひたすらその顔をのみ眺めていた。それに「ヴィクトル」といえば史丹のごとくに臥(ね)そべッて、グッと大負けに負けて、人柄を崩して、いやながらしばらく「アクーリナ」の本尊になって、その礼拝祈念を受けつかわしておった。その顔を、あから顔を見れば、ことさらに作ッた偃蹇恣雎(えんけんしき)、無頓着な色を帯びていたうちにも、どこともなく得々としたところが見透かされて、憎かった。そして顧みて「アクーリナ」を視れば、魂が止め度なく身をうかれでて、男の方へのみ引かされて、甘えきっているようで――アアよかッた! しばらくして「ヴィクトル」は、……「ヴィクトル」は花束を草の上に取り落してしまい、青銅の框(わく)を嵌(は)めた眼鏡を外套の隠袋(かくし)から取りだして、眼へ宛(あて)がおうとしてみた、がいくら眉を皺(しか)め、頬を捻じ上げ、鼻まで仰(あ)お向かせて眼鏡を支えようとしてみても、――どうしても外れて手の中へのみ落ちた。
【2006/02/18 20:53 】
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四顧(みまわ)
これはどう見ても弱冠の素封家の、あまやかされすぎた、給事らしい男であった。衣服を見ればことさらに風流をめかしているうちにも、またどことなくしどけないのを飾る気味もあッて、主人の着故(きふ)るしめく、茶の短い外套(がいとう)をはおり、はしばしを連翹色(れんぎょういろ)に染めた、薔薇色(ばらいろ)の頸巻をまいて、金モールの抹額(もこう)をつけた黒帽を眉深(まぶか)にかぶッていた。白襯衣(シャツ)の角のない襟は用捨もなく押しつけるように耳朶を(ささ)えて、また両頬を擦り、糊(のり)で固めた腕飾りはまったく手頸をかくして、赤い先の曲ッた指、Turquoise(宝石の一種)製の Myosotis(草の名)を飾りにつけた金銀の指環を幾個ともなくはめていた指にまで至ッた。世には一種の面貌がある、自分の観察したところでは、つねに男子の気にもとる代り、不幸にも女子の気に適(かな)う面貌があるが、この男のかおつきはまったくその一ツで、桃色で、清らかで、そしてきわめて傲慢(ごうまん)そうで。己があらけない貌(かお)だちに故意(わざ)と人を軽ろしめ世に倦(う)みはてた色を装おうとしていたものとみえて、絶えずたださえ少(ち)いさな、薄白く、鼠ばみた眼を細めたり、眉をしわめたり、口角を引き下げたり、しいて欠伸(あくび)をしたり、さも気のなさそうな、やりばなしな風を装うて、あるいは勇ましく捲き上ッたもみあげを撫でてみたり、または厚い上唇の上の黄ばみた髭を引張てみたりして――ヤどうも見ていられぬほどに様子を売る男であッた。待合せていた例の少女の姿を見た時から、モウ様子を売りだして、ノソリノソリと大股にあるいて傍へ寄りて、立ち止ッて、肩をゆすッて、両手を外套のかくしへ押し入れて、気のなさそうな眼を走らしてジロリと少女の顔を見流して、そして下にいた。
「待ッたか?」ト初めて口をきいた、なおどこをか眺めたままで、欠伸をしながら、足を揺(うご)かしなから「ウー?」
 少女はきゅうに返答をしえなかッた。
「どんなに待ッたでしょう」トついにかすかにいッた。
「フム」ト言ッて、先の男は帽子を脱した。さももったいらしくほとんど眉ぎわよりはえだした濃い縮れ髪を撫でて、鷹揚(おうよう)にあたりを四顧(みまわ)して、さてまたソッと帽子をかぶッて、大切な頭をかくしてしまった。「あぶなく忘れるところよ。それにこの雨だもの!」トまた欠伸。「用は多し、そうそうは仕切れるもんじゃない、そのくせややともすれば小言だ。トキニ出立は明日になッた……」
「あした!」ト少女はビックリして男の顔を視詰た。
「あした……オイオイ頼むぜ」ト男は忌々(いまいま)しそうに口早に言ッた。少女のブルブルと震えて差うつむいたのを見て。「頼むぜ『アクーリナ』泣かれちゃアあやまる。おれはそれが大嫌いだ」。ト低い鼻に皺を寄せて、「泣くならおれはすぐ帰ろう……何だばか気た――泣く!」「アラ泣はしませんよ」、トあわてて「アクーリナ」は言ッた、せぐりくる涙をようやくのことで呑みこみながら。しばらくして、「それじゃ明日お立ちなさるの。いつまた逢われるだろうネー」
「逢われるよ、心配せんでも。さよう、来年――でなければさらいねんだ。旦那は彼得堡(ペテルブルグ)で役にでも就きたいようすだ」、トすこし鼻声で気のなさそうに言ッて「ガ事に寄ると外国へ往くかもしれん」。
「もしそうでもなッたらモウわたしの事なんざア忘れておしまいなさるだろうネー」ト言ッたが、いかにも心細そうであッた。
【2006/02/18 20:52 】
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